建設市場は、世界経済の中でも巨大な市場であり、人々の生活には欠かせない環境を作るという意味でも重要な役割を担っています。「Global Construction 2030 – CIOB Executive Summary*1」によれば、2030年までに世界の建設市場は2015年時点を基準に8兆ドル成長、85%増で総規模は17兆5,000億米ドル(約2,625兆円、1米ドル150円換算)、世界のGDPの14.7%を建設業が占めるようになると予測されています。しかし、建設設計のミスを起因に発生する建設市場での追加費用は、年間132兆円という驚くべき数値の試算になり、業界全体の課題となっていると言えるでしょう。
本記事では、設計ミスが起因となって発生する追加費用の概要、設計ミスが発生する原因やその影響について、複数の研究結果を元に解説します。
設計ミスによる追加費用の概要
建設業界においては、プロジェクトが進行する中でさまざまな問題が発生し、その修正に膨大な追加費用がかかることがよくあります。建設業界の追加費用に関して、Ingvaldsen(1994, 2001)*2 の研究によれば、建設業界で発生する問題の40%は設計プロセスにおけるミスが原因である可能性があることを示しています。また、Lopez & Love (2012)*3 による、建設プロジェクトにおける設計ミスが起因となる追加費用に関する研究では、契約額に対して直接費用は 6.85%、間接費用は7.36%が平均で発生したとするという研究結果を示しました。また、設計ミスによる追加費用は、調達方法やプロジェクトの種類によって大きく異なるものではないことも示しています。
Ingvaldsenの研究がノルウェーの建設業界の話が中心となっていることには注意が必要ですが、追加費用の40%が設計ミスの起因で発生している可能性が業界に与える影響は非常に大きいと言えます。建設市場の90%が原価と考えた場合には、設計ミスが起因となる追加費用は毎年132兆円にもなります。計算式は以下の通りです。
・17兆5,000億米ドル(約2,625兆円、1米ドル150円換算)*90%*追加費用約14%(6.85%+7.36%)*40%=約132兆円
建設市場で発生する追加費用の現状
追加費用とは、建設プロジェクトにおいて計画通りに進まない部分を修正するために、または問題を対処するためにかかる費用を指します。主な追加費用としては以下のようなものが考えられます。
1. 修正コスト(再設計・修繕費用)
設計ミスを是正するための再設計や追加工事にかかる費用。
2. 施工遅延によるコスト
工期の延長に伴う追加の労働力、設備、管理費用。
3. 安全リスク対応コスト
安全基準を満たすための再設計、安全措置、事故防止費用。
4. 品質管理と検査コスト
設計ミスを修正するための追加検査や試験、調整費用。
5. プロジェクト再評価と設計変更のコスト
プロジェクト全体や関連プロジェクトの見直しや再調整にかかる費用。
6. 運営・維持管理のコスト
設計ミスによる設備や建物の高い維持管理費用。
7. 法的・契約上のコスト
訴訟、和解金、賠償金、弁護士費用などの法的コスト。
これらの費用は、設計ミスの発見が遅れれば遅れるほど高額になる可能性もあります。また、プロジェクト内で発生する追加費用以外にも、企業の信頼性低下によって将来のプロジェクトの獲得が難しくなる、株価の下落といった企業価値が下がる遠因となることは想像に難くないでしょう。
設計ミスの原因と影響
設計ミスが発生する原因にはどのようなものがあるのでしょうか。Musa(2016)*4 およびMahamid(2021)*5 の研究を参考に、設計ミスが発生する主な原因を以下にまとめました。
1.時間的な制約
設計段階での時間的な制約は、設計ミスを引き起こす大きな要因の一つです。限られた時間内で設計を完了させなければならない場合、十分な検証や再確認が行われず、ミスが見逃されてしまうことがあります。また、スケジュールに追われて急いで進めることが、設計の質を低下させる原因となります。
2.資金の不足
質の高い設計書を作成するための調査費用が充分に確保できないなど、建設プロジェクトにかける資金の不足が、設計ミスを発生させる要因となります。
3. コミュニケーションの不足
設計ミスの大きな要因として、プロジェクト関係者間の「コミュニケーション不足」があります。設計者、施工者、クライアントの間で意図がうまく伝わっておらず、設計内容が意図した通りに実現されないことがあります。
4.頻繁な変更指示
頻繁に建設内容の変更が発生することも設計ミスを引き起こす大きな要因となります。大規模なプロジェクトになるほど、状況に応じて設計内容が変わることもあり、変更内容が適切に設計に反映されていないことで、関係者間で十分に変更内容が共有されず、問題が引き起こされることがあります。
特に、大規模なプロジェクトでは、プロジェクトが長期間にわたるため、変更指示も多岐にわたった結果、ミスが発生する可能性が高まります。
5. 技術的な知識不足や誤解
設計者が最新の技術やソフトウェアを使いこなせていなかったり、設計基準や規制が変更される中で、最新の情報に追いついていなかったり、誤解していたりする場合にも、設計ミスが生じることがあります。過去の建設プロジェクトで利用されていたが、現在は入手ができなかったり、法令上の規制で活用できなかったりする建材や建設技術もあるかもしれません。新しい建材や建設技術が使われる場合、設計者がその技術的な特性を完全に理解していないと、誤った設計をしてしまうことがあります。
6. 不注意による単純ミス
設計者が複数の業務を掛け持ちしているなどして多忙を極めていると、単純なヒューマンエラーが発生することもあります。これには計算ミスや、データ入力等の作業時の不注意・確認不足によって設計図面を間違って記入する、チェック漏れなども含まれます。あるいは、単純な勘違いということもあるかもしれません。これらのミスは、設計者自身の意図とは無関係に発生してしまいます。
特に「時間的な制約」「資金の不足」は、その他の要因を発生させる根本的な要因と言っても良いかもしれません。納期に間に合わせるために、コミュニケーションの時間が十分にとれないまま、あるいは十分な調査ができないまま、設計の工程を終了してしまうといったことに繋がる可能性は大いにあり得ます。資金不足のため、設計段階での不十分な検証や検討ができず、後々の大きな問題につながることも少なくありません。
設計ミスの内容
設計ミスはさまざまな形で現れます。過去の事例を見ていくと、以下のような設計ミスが典型的な例として挙げられます。
1. 図面作成ミス
建築図や構造図、設備図などの図面作成のミスです。設計図面の記載寸法の誤り、部材詳細が不適切、指示内容の記入漏れのようなミスも含まれます。 国土交通省による調査*6 では、設計ミスの中でも、図面作成ミスがダントツで多かったという調査結果があります。Dosumu(2018)*7 の研究では、図面作成の中でも、特に建築図と構造図に設計ミスが多かったとし、建築図の寸法の誤り、構造設計計算の誤り、仕様書の記述の誤り/不十分さ、細部の省略を主な内容にあげられています。
2. 敷地条件(地盤や風環境等)の設定ミス
特に高層ビルや大型複合施設など、構造的に複雑なプロジェクトでは、構造条件の設定ミスが致命的な問題を引き起こすことがあります。これにより、建物の強度不足や安全性に問題が生じ、最終的には大規模な修正が必要となることがあります。
3. 材料選定ミス
設計者が選定した材料が、実際の施工環境に適していなかったり、規格に合わなかったりする場合もあります。これにより、施工後に材料を交換したり、改修工事を行ったりする必要が出てきます。
このような設計ミスは、進行プロジェクトの後工程で発見されることになると、その修正には時間と費用がかかり、最終的にはプロジェクト全体の予算を大幅に超える追加費用が発生してしまう可能性があります。
まとめ
今後、建設業界で設計ミスが起因となる追加費用の発生を削減するためには、設計の初期段階での精度を高め、ミスを未然に防ぐことが不可欠になってきます。設計ミスの発生を防ぐことは、最終的に建設市場全体の効率化を実現し、生産性向上と持続可能な成長につなげることができるでしょう。
テクトム社では、建築業界におけるこの課題を解消するため、生成AIを用いた建築設計AIプラットフォームの開発を行っています。次回からの記事では、テクトム社が考える設計ミスにおける課題とその解決方針について触れていきます。
- Global Construction Perspectives and Oxford Economics(2015),Global Construction 2030
- Ingvaldsen Thorbjørn(1994) Byggskadeomfanget i Norge. Utbedringskostnader i norsk bygge-/eiendomsbransje – og erfaringer fra andre land
- Robert Lopez&Peter E. D. Love(2012),Design Error Costs in Construction Projects
- Shamsudeen Musa(2016),EFFECTS OF DESIGN ERRORS ON CONSTRUCTION PROJECTS
- Ibrahim Mahamid(2021),Effects of Design Quality on Delay in Residential Construction Projects
- 国土交通省(2015), 設計成果の品質確保について
- Oluwaseun S Dosumu(2018), An assessment of the causes, cost effects and solutions to design-errorinduced variations on selected building projects in Nigeria